画家一覧

日本の抽象画家

白髪 一雄(しらが かずお、1924年8月12日 - 2008年4月8日)

日本の抽象画家。

1924年 兵庫県に生まれる
1942年 京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)日本画科入学(48年卒業)
1955年 具体美術協会会員となり、第1回具体美術展(小原会館、東京)出品
1958年 「The Gutai Group Exhibition」展
     (マーサ・ジャクソン画廊、ニューヨーク)出品
1959年 第11回プレミオ・リソーネ国際展出品、買上賞受賞
1962年 「SHIRAGA」展(スタドラー画廊、パリ)
     「白髪一雄個展」(グタイピナコテカ、大阪)
1963年 「現代絵画の動向―西洋と日本―」展(国立近代美術館京都分館)出品
1965年 ヌル国際展(ステデリック美術館、アムステルダム)出品
     「現代美術の動向―絵画と彫塑―」展(国立近代美術館京都分館)出品
1970年 「万国博美術展<現代の躍動の部>」(万国博美術館、大阪)出品
1971年 比叡山延暦寺で得度し、法名白髪素道と号す
1984年 「元永定正・白髪一雄展」(和歌山県立近代美術館)
1985年 「白髪一雄―抽象のダイナミズム―」(兵庫県立近代美術館)
1987年 兵庫県文化賞受賞
1989年 「肉体とマチエールの出会い 白髪一雄展」(尼崎市総合文化センター)
1997年 「白髪一雄展」(福岡市美術館)
2001年 「アクションペインター白髪一雄展」(兵庫県立近代美術館)
2008年 敗血症のため84歳で死去
2009年 「白髪一雄展―格闘から生まれた絵画」(尼崎市総合文化センターほか)

天井からぶら下がったロープにつかまり、足で絵を描く独特なスタイルが世界的に評価されている。
昭和四十年第八回日本国際美術展の出品作「丹赤」で優秀賞を受賞。
2013年6月にクリスティーズ・パリで行われた競売では、≪地劣星 活閃婆≫が166万5500ユーロ(約2億1650万円)という、この画家のものとしてはこれまでの最高値をつけた。
2014年6月3日からサザビーズパリで行われたイブニングセールでは、「激動する赤」(1969年、油彩、キャンバス、183×229cm)が530万米ドル(5億4,590万円)で落札され、オークション個人レコードを更新した。



吉原治良(よしはらじろう)

1905年~1972年 大阪府大阪市出身
抽象画家・前衛美術の先駆者・実業家・具体美術協会の創設者

中学時代から絵を描き始め、藤田嗣治らの指導をうけて1934年二科展に出品し初入選。
当初は魚を題材に描き「魚の画家」として大きな注目を集めていた。敬愛する藤田嗣治らに作品を見てもらう機会を得るが自身の作品が他者からの影響を受けているということを厳しく指摘され、オリジナリティの重要性を強く認識、幾何学的な抽象絵画へと徐々に転換した。
1938年 山口長男、斎藤義重の二科会の前衛作家らとともに九室会を結成。
1941年 二科会会員となり、戦後の二科会再建に参加する。また、吉原製油社長としての実業のかたわら絵画・デザインの発表を行い、同時に、住んでいた芦屋市で若い美術家らを集めて画塾などを行っていた。
1954年 若い作家を結集して具体美術協会を結成し、リーダーとして活動。結成時のメンバーは、嶋本昭三、山崎つる子、正延正俊、吉原通雄、上前智祐、吉田稔郎、東貞美ら15人。
1955年 第1回具体美術展を皮切りに『作品A』等の様々な実験的な作品を発表、さらにニューヨークやパリなどでも具体展を開催し、アンフォルメルの主導者であったフランスの美術評論家ミシェル・タピエらの注目を集めた。
晩年は黒地に大きく白い円を描くなど円形を題材にした『作品』等、多くの作品を描いた。
67歳没後、従五位勲四等旭日小綬賞が追贈。

吉原治良の死後、具体美術協会は解散したが、その先駆性は今でも国内外で高く評価されている。



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